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研修とコーチングの関係

ボブ・パイク氏の「大人の学習の法則」の中の第二の法則は、

「人は自分が口にしたことは受け入れやすい」

というものです。

つまり、
誰かに指図されたことではなく、
自分がやる、といったことは、自分で言ったことなので、
やらされ感は少なく、
実行する確率は高い。

もちろん、そうですよね。

そして、これはコーチングの考え方に共通します。

コーチングでは、
答えは本人の中にあり、
コーチはそれを引き出す役割である、
というのが基本的な考えです。

つまり、
指示を出すのではなく、
自分で解決し、意思決定できるようにサポートするのが、
コーチングなのです。

コーチングが支持されるのは、
それが行動変容に効果があるからです。

でも、なぜか研修になると、
講師が講義をする時間が長いですよね。

講師が講義する。
つまり、指示する、答えを教える、ということを延々と行うのです。

そして、聞き手は
「参考になった」
「いいお話を聞いた」
と思うのですが、
行動変容につながらない。

コーチングの原理をあてはめると、
それは自分で出した結論ではないからですよね。

「人は自分が口にしたことは受け入れやすい」

この原理は、研修の中で、
「学んだことをどう活用するか、自分の言葉で言う」
「これまでの経験から、わかっている・知っていることを引き出す」
ことを意味します。

まさしくコーチングです。

研修ですので、
知識の吸収もしてもらう必要もあります。
講義はゼロにはなりません。

でも、自ら導き出す答えが、
路線がずれないようにするのが、
ファシリテーションのテクニックです。

その両方の割合は、
もっともっと「自ら導き出す」方が大きくていいのです。

その方が、
行動変容を確実にします。

先日、ある日系企業で、
ビジネスコミュニケーションの研修をしました。

経験豊富な参加者の皆さんは、
どういうコミュニケーションが効果的か、
すでに知っていることがたくさんあるのです。

講義で、理屈を私が話す時間は最小限でよくて、
すでに皆さんが「知っている」ことを、
「できる」ように練習の機会を提供すること、
何をどう実践するかを、自分で意思決定すること、
それをいかにファシリテーションするか、が、鍵なのです。

オブザーブしてくださっていた関係者の方に、
最後に、
「見ていて感動しました。」
と言っていただきました!

「正解を教えているわけではないのに、
参加者の皆さんが正解を見つけ、
すごく勉強した満足感を持って、
そして明日から実行する、という決意をしている。
いやぁ、感動しました。」と。

これぞまさしく、
「人は自分が口にしたことは受け入れやすい」
です。

法則は全部で5つあります。
CTTH

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正論をありがたく話す、
退屈な学校の授業のような研修が、
世の中から少しでも減るように願って、活動をしています!


  • 尾上昌毅 より:

    講師が行う一方的な講義。その最高の受益者は講義者自身ですよね。なぜって、講師は下準備をして、資料を用意して、皆の前で話す、という一連の行為によって、本人の頭に「研修内容」が一層クリアになって「定着」しますから。これを何回もやると…「講師冥利に尽きる」というのでしょうか? 先月出た光文社新書「リフレクティブ・マネージャー」(中原淳、金井壽宏 共著)は面白い本です。教育学と経営学を専攻する2人が掛け合い漫才のごとく論を展開してゆきます。同書の第4章「企業は『学び』をそう支えるのか」のなかで、一斉講義が産業革命の産物で、明治政府がこれを日本の学校教育に取り入れたと、いう解釈や、研修の締めくくりに「正しい答え」が用意されなくてはならないと考えてしまう問題点、そして「コーチングの会話例は役に立つか」という例示など、一杯気付きを与えてくれます。

  • Ayako Nakamura より:

    おっしゃる通り!話しているときに、その内容をもっとも学んでいるのは話している本人です。
    > 講師が行う一方的な講義。その最高の受益者は講義者自身ですよね。なぜって、講師は下準備をして、資料を用意して、皆の前で話す、という一連の行為によって、本人の頭に「研修内容」が一層クリアになって「定着」しますから。これを何回もやると…「講師冥利に尽きる」というのでしょうか? 先月出た光文社新書「リフレクティブ・マネージャー」(中原淳、金井壽宏 共著)は面白い本です。教育学と経営学を専攻する2人が掛け合い漫才のごとく論を展開してゆきます。同書の第4章「企業は『学び』をそう支えるのか」のなかで、一斉講義が産業革命の産物で、明治政府がこれを日本の学校教育に取り入れたと、いう解釈や、研修の締めくくりに「正しい答え」が用意されなくてはならないと考えてしまう問題点、そして「コーチングの会話例は役に立つか」という例示など、一杯気付きを与えてくれます。

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